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フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

「天」太陽の投稿記事

『終末と太陽の検証』より

宗教_キリスト教情報 NO n460004

−−−−コメント 2012/03/25−−−−

{新46_ キリスト教_ローマ法王ベネディクト16世_04}
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0511・ロ−マ法王ベネテックト16世:「ローマ法王は1年以内に殺される」という大司教による予言_01
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 ラスト前の法王=ロ−マ法王ベネテックト16世は 人類の終末の時期を検討する情報源であるから追跡をしいる
昨年末の情報によれば、法王は大変に弱っていて、長くないとの情報からいよいよ時期到来かと注目したが、2012年02月現在、死亡の報道は無い
そんななか、「ローマ法王は1年以内に殺される」という大司教による予言が流れているようだ
一年以内であるから、2012年中には 法王は暗殺であれ病没であれ、死亡するのかもしれない
そうなると預言に依れば最期の法王が現れることになる
予言が正しければ、この時、殆どの人類の運命は 明るいものでないことになる
その推移を見ていると、年内の前半に死亡の情報が流れるようだと、他の予言などとマッチングするところがあり、大変に興味が持たれる今日この頃ということになる
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なお、{新46_キリスト教_ロ−マ法王ベネテックト16世_01}において、バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)を案内したが、最近、3_<バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2):2011年11月02日>、4_<バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3) 死後400年目の復権:2011年11月04日>が掲載されていたので、今回の資料に入れている

===NO n460004:参考文献の目次===

001:「ローマ法王は1年以内に殺される」という大司教による予言が明らかに:2012年02月11日
002:なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」 - ベネディクト16世:2010年09月23日
003:バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2):2011年11月02
004:バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3) 死後400年目の復権:2011年11月04日

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===NO n460004:参考文献の目次詳細===

===1===============

ローマ法王は1年以内に殺される」という大司教による予言が明らかに:2012年02月11日

http://oka-jp.seesaa.net/article/251673435.html

「ローマ法王は1年以内に殺される」という大司教による予言が明らかに
(訳者注) パラーッとニュースの見出しを見ていましたら、上のタイトルにありますような文字が飛び込んできました
最近、聖書関係の記事なども多かったこともありますし、記事の内容自体も比較的衝撃的ではありますので、ご紹介いたします
▲ ローマ法王庁の「最高機密文書」を最初に暴露したイタリアの日刊紙
ちなみに、ローマ法王ベネディクト16世に関しては、昨年末に体調がすぐれないという報道を紹介したことがありましたが、今回の報道の内容の時期と照らし合わせますと、微妙な感じです
その過去記事は、
・ クリスマスを前に急速に衰弱する法王ベネディクト16世 (2011年12月19日)
です
今見ると、その記事の前振りに聖書の「ルカによる福音書 21章」の一部が紹介されていますが、そこの最初に、
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ルカによる福音書 / 21章 25節-26
それから、太陽と月と星に徴が現れる
地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る
人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう
天体が揺り動かされるからである
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とあります
2012年は今のところは最近の記事を見ても確かにそんな感じの始まり方ですね
あとは月が真っ二つになってくれれば・・・(それはいいって)
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それでは、法王の記事はここからです
英国のテレグラフの記事ですが、バチカンの機密文書を暴露したのはイタリアの日刊紙で、文書の内容はバチカンの内部からリークされた可能性があります
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The Pope will die within a year: Vatican 'assassination fears' revealed テレグラフ(英国) 2012.02.10
法王は1年以内に死亡する
「法王暗殺を懸念する機密文書」の存在が明らかに
ローマ法王が今後12ヶ月以内に亡くなると、バチカンの上級人物が法王の暗殺計画の懸念を主張したという報道があった
伝えられるところでは、このセンセーショナルな予言は、イタリア・シチリア島のパレルモの大司教であるパオロ・ロメオ枢機卿が、最近の中国への訪問の途でなされたものとされている
ロメオ枢機卿は、2011年11月に中国を訪問した際に、この「法王の死」に関しての驚くべき予言をした
この際、枢機卿は、中国のカトリックの代表と、イタリアのビジネスマンと共に話していた時だったというが、法王の暗殺について確信していたようだったという
それを聞いた人々は枢機卿の言葉に大変驚き、そして、この驚くべきコメントは、2011年12月30日付けのバチカンの最高機密報告として書かれ、2012年1月に、バチカンの上級枢機卿であるダリオ・カストリロン・オヨス師の手によって、この報告がローマ法王の元に届けられた
この最高機密報告書は、不注意に漏洩されることを防ぐためにドイツ語で記述されたという
しかし、この内容は 2月10日にイタリアの日刊紙の「II ファトー・クォティディアーノ ( Il Fatto Quotidiano )でスクープとして暴露された
その内容は「ベネディクトに対しての死の計画」というもので、ローマ法王に対しての陰謀により、彼は12ヶ月以内に死亡するというものだった
ロメオ枢機卿はこの法王の死亡に関しての予言について確信を持っていたが、中国の地で軽率に口に出してしまったこの内容が、まさか本国で伝えられることになるとは想像していなかったようだ
ロメオ枢機卿は、イタリアの通信社からコメントを求められ、「その報道事実には根拠がありません
まったく現実的ではないものです」と答えた
バチカン広報局長のフェデリコ・ロンバルディ神父は、これらの報道に対して、「何のコメントをすることもできないほど信じられないものです、これに関しては何も言いたくもありません」と述べた
そして、「現実感を欠いています」と付け加えた
伝えられるところでは、バチカンの教皇庁の中では、激しい権力闘争が報告されており、今回の機密文書の暴露は、バチカン政権内での権力闘争の一部である可能性があると専門家は見ている
最も最近のローマ法王への暗殺未遂は 1981年のことだ
当時のヨハネ・パウロ2世が、サンピエトロ広場でトルコ人マフィアに銃撃された
銃弾は2発命中し、ヨハネ・パウロ2世は重傷を負った
この事件はKGBが計画し、ブルガリアや東ドイツなどが支持したとされる
当時の社会主義圏における反体制運動の支柱であったハネ・パウロ2世の影響力を排除することが目的だとされた



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===2===============

なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」 - ベネディクト16世:2010年09月23日

http://oka-jp.seesaa.net/article/251673435.html

「なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」 - ベネディクト16世(訳者注) ニュース自体は大したことではないと思うのですが、タイトルにしたローマ法王の「なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」という問いに個人的に深く考え込んでしまったので、記事にしました
「宇宙の存在は無でもよかったはずだ」という最近の私の疑念を、キリスト教の親分から聞けるというのは何だか意外でした
時代が許せば、一度、ベネディクト16世と吉祥寺で酒でも飲んでみたいです
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朝鮮日報 2010年09月23日
「科学は人間の存在を説明できていない」と、ローマ法王が神を否定したホーキング氏に正面から反論
世界的な物理学者スティーブン・ホーキング博士が、「神は宇宙を創造しなかった」と主張して論議を呼び起こす中、ローマ法王ベネディクト16世が、「科学は人間の存在を説明できない」として正面から反論した
英国のガーディアン紙によると、ベネディクト16世は、現地時間の 9月17日に、ロンドン南西部のストロベリーヒルにあるセントメアリー大学で開かれた、ある宗教会議でこのことを明らかにした
この日、法王は、「科学は人間の胸の中にあるもっとも根源的な願望を満たすことはできないし、人間の起源と運命を説明することはできず、人間はなぜ存在しているのか、そして、何のために存在するのかということに対しても説明することはできない」として、「そして、なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのかという問いに対する完ぺきな答を与えることはできない」と話した
続いて法王は、科学的な視点から宗教を否認することに対して完全な警告を発し、「(出席者たちに)あなたがたは絶対に自らで狭くなってはいけない」として、「世の中は素晴らしい科学者を必要とする
しかし、科学が生活と生命の道徳的な次元を無視した場合、科学的な視点そのものが危険で狭くなり得る」と述べた
また、「そして、これは宗教が世界を理解する上でも同じことが言え、宗教が科学の正当な貢献を無視した場合は、宗教もやはり狭くなるという意味と同じだ」とし、「私たちは良い歴史家や哲学者、そして経済学者を必要とするが、万一、これらの人々が人間の生に対して、とても狭く焦点を合わせて考えた場合、これらも私たちを深刻な誤った道へと導くはずだ」と指摘した
スティーブン・ホーキング博士は、最近発刊した著書『偉大な設計 ( The Grand Design ) 』で、「神は宇宙を創造しなかった」と主張し、 9月10日には、米国CNNのラリー・キング・ライブでのインタビューで、「神が存在することもあり得るが、科学は創造者の助けなしで宇宙を説明することができる」という見解を表明して論争を呼び起こした



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===3===============

バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2):2011年11月02日

http://oka-jp.seesaa.net/article/233212684.html

バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
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・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)
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(訳者注) 前回は、ジョルダーノ・ブルーノという中世の人のことだけにふれて終わってしまったのですが、その後、「ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』」という書評のようなページを見つけました
そのページにブルーノの著作からの引用がありました
抜粋してみます
(こちらで改行しています)
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ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』(岩波文庫) より
私に言わせれば、宇宙は全体の無限です
なぜならば宇宙には縁も終わりもありませんし、これを取り囲む表面もないからです
が宇宙は全的に無限なのではありません
宇宙から採り出すことのその各部分は有限なものであって、宇宙のなかに包まれている無数の諸世界もその一つ一つは有限のものですから
また神は全体の無限です
なぜなら神はいかなる制限も属性も帰されることを拒絶する一にして無限なるものだからです
そしてまた神は全的に無限なるものとも言われます
神は全世界にくまなく遍在し、そのそれぞれの部分のなかで無限かつ全的に存在しているからです
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これは翻訳文も謙虚な感じでいいですね
でも、 Amazon や楽天で見てみたら、この岩波文庫の『無限、宇宙および諸世界について』というのは絶版みたいで、新品として買うのは難しいみたいです
・・・と一応書いてみたりしました
何が「一応書いてみたりしました」かというと、実は Amazon に新刊としてあったのです・・・が、そこにはこの表示が
というわけで、これは私本人が買ってしまいました(苦笑)
どうにも、インターネット上で最後の『無限、宇宙および諸世界について』の新刊っぽい感じでしたので慌てて購入しました
いやあ、申し訳ないです
と書きつつ、内心 (^_^)V
注文したのがさっきですので読めるのはもう少し先でしょうが、しかし、上の
> 神は全世界にくまなく遍在し、そのそれぞれの部分のなかで無限かつ全的に存在しているからです
というくだりを読んで、今年の冬頃に、「日記」として書いた子どものかみさまという記事に書いたうちの子ども(当時5歳)が言っていたことを思い出しました
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「神様は空の雲の上にいるっていうけどね・・・それは違うんだよ
神様は透明で、どこにでもいるの
あそこにもそこにもいるの
雲の上にもいるけど、他にもどこにでもいるの
木にセミみたいに止まっていることもあるし
でも、透明だから誰にも見えない
でも、透明でもそこにいるの
全部の空も砂も木も全部すべて神様なの」
と彼は言っていました
これを言ったのが、3月3日頃で、震災の少し前なんですが、この後の震災の直前の日に、子どもは原因不明の腹部の激痛で倒れ、救急車で運ばれました
その後の別の病院の精密検査でも原因がわからず、不安な気分になっている時に、東北の災が発生しました
それはともかく、ブルーノの「神は全世界にくまなく遍在し」と、子どもの「全部の空も砂も木も全部すべて神様なの」というのは結局同じ意味で、うちの子どもはそういう知識をまったく持っていなかったと思いますので、「人間は自然に考えるとそういう考えになるのかも」というような気はします
現在の社会ではある程度の年齢になると、そこに「学校教育の知識」という別の重圧が最初にかかり、これがフィルターとなって、人々に自由な発想を許しません
そういう意味では、学校教育システムや受験システムというのは十分に「ファシズム」なんですが、仕方ないことでしょう
私は・・・確かあれは11歳の時だったと思いますが、豪雨の中で行き倒れそうになったことがあります
そこで助かったその夜、「これからは一生、教師の話を聞くのはやめなさい」という言葉を全身で感じたことがあります
そして、その後、忠実にその通りに生きました
まあ、それが人生でほぼ唯一の「お告げ」ですね
私は何にも不思議なことがない人生ですので
それとは別に「雨」というのが何かのひらめきを人に与えるような雰囲気はその時から感じていました
また話が脱線し続けています
脱線が長くなる前に今日こそは翻訳に入ります
あ!
そういえば、宇宙に関してはもうひとつ
最近、次々と太陽に彗星が飛び込んでいるんですが、その光景を見て思うところがありました
太陽に飛び込む彗星の意味
上は 10月30日に太陽に飛び込んだ彗星を NASA の衛星が撮影したものです
丸い中のが彗星
NASA は「小さい彗星」と書いていましたが、それでも、太陽と地球のサイズ(左下の丸)との比較で考えると、結構大きく見えます
こちらに NASA が作成した GIF 動画があります
彗星が太陽に飛び込むこと自体は珍しいわけではなく、 NASA が新しい太陽観測衛星を導入してからはたまに見られますが、最近は特別多いような感じがします
中には、「彗星の太陽への激突が巨大な CME を発生させた」というようなこともありました
下の動画は今年5月に彗星が太陽に飛び込んだ時のものですが、彗星自体のサイズも大きいとはいえ、衝突時に太陽で起きた大爆発は、かなりの衝撃でした
7秒ほどの動画ですので、ぜひご覧下さい
Sun Diving Comet 2011-05-11 今年の10月だけでも記憶では2度、太陽に彗星が飛び込んでいます
これらの事象を「単なる偶発的なこと」と考えてしまうと、私は自分の書いていたことを否定してしまうことになります
私は「彗星は宇宙で重要な生命の運搬の役割を持っている」と考えています
前回の記事に、ジョルダーノ・ブルーノの言葉として、
> 彗星は神の意志を伝える役割をもって天界から到達する
というものを紹介していますが、「神の意志を伝える役割をもって天界から到達したもの」が、「事故のように太陽にクラッシュしてその人生を終える」というのは何なのだろうと
私にとっては、これらを偶発的な事故と考えることには無理がある
これは「宇宙の意志に偶然はない」というように考えていることとも関係しています
(宇宙で惑星でも恒星でも彗星でも、その運動に偶然はないということです)
そして、結局、私自身ではこう考えるしかないのです
「太陽に彗星が突っ込んでいくことには大きな意味がある」ということです
その「大きな意味」はわかりませんが、今年になって非常にその回数が増えているように感じることは事実で、太陽系全体に対しての、
・ 視覚的な意味(地球から観測できているという事実から)

・ 実際的な意味(彗星から有機物=生命が観測されているため)
があると思います
後者の「彗星から生命が観測されている」に関しては、、アメリカエネルギー省が所有する米国立ローレンス・リバモア研究所から発表された「彗星が生命(アミノ酸)を地球に運んできた可能性」という内容の記事を In Deep でご紹介した
・ 彗星が地球に生命の素材を持ってきた (2010.09.16)
などをご参照くだされば幸いです
彗星が生命を運んできたということに関しては、2011年の今ではあまりオカルトではありません
NASA も米国エネルギー省も、あるいは日本の国立天文台なども、それらの観測結果と発表内容はむしろその意見を証拠面から強化しています
そんなわけで、この「続々と太陽に飛び込む彗星たち」という現実は、どういうことを意味しているのかということを考えたりした次第です
太陽と人間の、それぞれの「命の活動」の意味
太陽については考えるところが多くて、最近眠れない時に書いている日記などの話の延長として、「女性は父である」という結論を書きたいと思っています
「父」というのは、父と子と精霊の父です
私は In Deep に記事を書くようになってから、毎日のように太陽の写真を見ていました
そして、その中でいろいろなことに気づくことができたことを太陽やブログの読者の方々に感謝しています
たとえば、下の2つの写真
それぞれが「同じものが違う状態になっている時のもの」を横に並べたものです
上の写真と下の写真がそれぞれ、どんなものだかおわかりになりますでしょうか
これは、上が、
・ 太陽活動「最小期」の太陽(右)と太陽活動「最大期」の太陽
そして、下が
・ ヒトの未受精卵(左)と受精後の受精卵
です
この似たような動きに「関係性がある」と考えた場合、受精卵はすなわち新しい命を得た状態です
それなら、太陽の活動期というのもそういうこと(命を得ること)なのだろうか、とかを考えたりいたしますし、あるいは、そういう今の時期(太陽活動最大期)に、どんどんと「生命の運搬役である彗星」が太陽に飛び込んでいるということとの関連としてはどうなんだろう、とかそのあたりをよく考えます
えーと・・・また、前振りがこんなに長くなって・・・ orz
次に必ず翻訳記事を書きます・・・って、すでにほとんど「記事の内容とタイトルが別のもの」になっている状態ですみません



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===4===============

バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3) 死後400年目の復権:2011年11月04日

http://oka-jp.seesaa.net/article/233509547.html

バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3) 死後400年目の復権
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・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
・バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)
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(訳者注) 今回は、前振りで2回使ってしまった「地球外の文明に関するバチカンの新しい見解」の記事の翻訳を載せます
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その前にひとつ別の短いニュースを
パキスタンで核爆発?
ハンガリーに世界の災害速報をおこなうRSOE EDISというサイトがあるのですが、数日前の速報に「パキスタンで旧ソ連の核爆発での核物質の広範囲での降下を観測」という内容の報道がありました
米国などでは「ロシアによる核実験?」と言われたりしていますが、そういう公式な報告はないです
こちらがサイトにある事項報告
日本語を入れました
仮に核実験だとしたら、実際に爆発させる核実験も珍しいと思いましたのでご紹介しておきます
「すべてにおいて未確認」と記されていますので、詳しいことは各自でご確認されて下さい
ただ、理由が何にしても、パキスタンの広域で放射能性測定値が上がっているということは事実のようで、放射能関係が世界中でいろいろと続きますね
概要を訳しておきます
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Nuclear Event in Pakistan on Monday, 31 October, 2011
RSOE EDIS (ハンガリー) 2011.11.01
パキスタンでの核関係事項 2011年10月31日
パキスタンの原子力委員会は、10月31日、西パキスタンの大気中に増大している放射線量の増加は、ソビエトの核爆発によって発生していると発表した
放射線量の増大は、ラホールとクエッタで顕著だった
パキスタン西部での上空の放射線量は、通常より 50パーセント高くなっていると発表では述べられている
しかし、この時期の偏西風などの影響で、東パキスタンでも放射線量は上がっている可能性があるという
原子力委員会は、人体に影響のあるレベルではないとしている
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ここまでです
それでは、ずいぶんと、遠回りしてしまいましたが、バチカンの記事です
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"Giordano Bruno's Legacy" --Vatican New Views on Extraterrestrial Civilizations
Daily Galaxy 2011.10.26
『ジョルダーノ・ブルーノの遺産』 - 地球外の文明に関するバチカンの新しい見解
バチカン天文台の主任であるホセ・ガブリエル・フネス師は、16世紀の修道士ジョルダーノ・ブルーノの言葉を借りてこのように言う
「神を信じることと、地球外の高度な文明を信じることは矛盾しない」
ジョルダーノ・ブルーノは西暦 1600年に、教会から異端であるとの判決を受けて火刑に処されたドミニコ会の修道士だ
ホセ・ガブリエル・フネス師は、現在のバチカン天文台の責任者であると同時に、ローマ法王 ベネディクト 16世の科学アドバイザーでもある
フネス師はローマ法王庁が発行する日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」で以下のように語った
「私自身は、地球外の高度な文明が存在すると考えています
宇宙に広がる無数の惑星と銀河の数を考えると、宇宙の他の場所で高度な文明が築かれている可能性を除外はできないのです」
さらに、フネス師は、このように述べた
「彼らが人類と似ていたり、あるいは、地球の人類よりもっと高次な文明を持っているという可能性さえあると思っています
この広い宇宙でその可能性を排除することはできないのです
地球においても多数の生き物がいるように、宇宙でも他の生命が存在する可能性はあり、そして、その中には知的な生命がいる可能性はあると思います」
「私たちは神の造られた自由に対して、いかなる制限を設けることもできません
宇宙を造られたのが神ならば、地球外の私たちのきょうだいについて話すことに問題はないと思われます
これこそ信仰の自由と関係することなのです」
フネス師の今回のコメントは、宗教裁判の時代から続く記録に残る重要なステップかもしれない
17世紀には、地球が太陽の周りをまわっていると主張したガリレオは教会から有罪の判決を受けた
ローマカトリック教会は、ガリレオの名誉を1992年まで回復させなかった
フネス師は、ジョルダーノ・ブルーノを引き合いに出し、このように言う
「大勢の意見が常に正しいわけではありません」
ジョルダーノ・ブルーノは、当時の大勢を占める意見に従わず、自分の意見に忠実にいたために、8年間にわたって地下牢に繋がれて拷問を受けた末に、公衆の面前で火刑に処された
しかし、今では、ローマ広場のカンポ・ディ・フィオーリにはジョルダーノ・ブルーノ記念碑が建てられている
その隣には、1953年にレイ・ブラッドベリーが思想の自由を求めて書いた小説『華氏451度』の記念碑がある
一方、スペインの物理学者ベアトリアス・ガトウ・リヴェラ博士によると、ブルーノは「数多くの太陽とそれ取り囲む惑星が宇宙全域に広がっている」と主張しており、そして、その多くの惑星には地球と同じように文明が存在する可能性があるとしていたという
リヴェラ博士はこのように述べる
「16世紀には、知識人の 99パーセントが地球が宇宙の中心だと考えていた
その時に、宇宙に無数の天体が広がっていることを指摘したブルーノに対しての現在の評価は計り知れないものがある
当時、彼と同じように考えていた人には、コペルニクスやガリレオなどがいた」
ブルーノの死後 400年後の西暦 2000年になり、バチカンの枢機卿アンジェロ・ソダーノ師は、ナポリで行われた宗教会議で、カトリック教会からブルーノの死に対しての「心からの遺憾の意」をはじめて表明した
枢機卿はその際、「400年前に起きたブルーノの死は恐ろしい死でした、あの事件はキリスト教の歴史の中の悲しいエピソードです」と述べたという
現在、 NASA の惑星探査機と 欧州天文台の探査機により、次々と「生命が存在する可能性のある惑星」が見つかっている
それはこの2年間で、太陽系外で 228以上見つかっている
天文学者でもあるフネス師は、自身の天文学者としての考えでは、宇宙の始まりはビッグバン理論に基づくものである可能性が高いと考えているが、ビッグバン理論を支持することは(キリスト教の)信仰とは対立しないと言う
フネス師はこのように言う
「神こそが創造主です
私たちは偶然生まれたのではないのです
私は天文学者としても神が宇宙を造ったと信じており、また、私自身が、いつでも創造主である神の子どもだと思い続けています」
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(訳者注) 全体としてはいい話のようにも思えるのですが、しかし、このフネス師の最後の言葉のあたりには「混乱」を感じさせます
キリスト教徒としての自分と天文学者としての地位を持つ自分との戦い
なので、「ビッグバン理論を支持しつつ」も、「私たちは偶然できたのではない」としなければならない
ご自分でも混乱していることは自覚してらっしゃると思います
フネス師に助言したいですが、迷ったのなら、天文学の教科書を読むのではなく、あなたはキリスト教徒なのだから、「聖書」を読むのがいいはずです
そこにある程度の混乱の解決の糸口はあるのでは?
全部ではなくとも、たとえば、『ヨハネによる福音書』の最初の5行だけでも
ここに宇宙の「すべてのこと」が書かれているような気がします



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====参考文献終わり====






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