本文へスキップ

フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

解読編CONCEPT

雨の巻 第16帖 (350)

 此の世と言っても臣民の世ばかりではないです。宇宙の良い宇宙人のいる神の世界も引くるめて云っているのです。勇んでやって下さいよ。勇む所に 太陽(ミロク)は 力添え致します。
 心配顔は 太陽(ミロク)は 嫌いです。歌を唄って下さいよ。笑って下さいよ。笑えば岩戸が開けます。
 今の人民はキリキリ舞しながら まだキリキリ舞する様にもがいておられるのです。
 「都市攻撃」・「ノアの大洪水」で土に返ると云ってあるでしょう。早く気付いた臣民人民は 楽になります。
 太陽(ミロク)の守護と申すものは人民からはちっとも判らないのであります。判る様な守護は低い神の守護です。判る様な守護なら悪神の守護ですよ。悪神の守護でも大将の神サタンの守護ともなれば人民には判らないのです。心しなさい。何んな事があっても不足を言ってはいけません。不足は悪です。皆 人民の気からですと くどく申してあるでしょう。いろいろの事件は人民のキから起って来たのです。我の難儀は、我が作るのです。我を恨むより方法(ほか)はないですよ。人民の心さえ定まったら、太陽(ミロク)は 自ら出て手柄立てさせます。手柄は結構なのです。
 此の世の物 一切は 太陽(ミロク)の物と云う事がまだ判らないのですか。一切取り上げられてから成程なァと判ったのではおそいから、嫌がられても、くどく同じ様な事を云っているのです。人民の苦しみは太陽(ミロク)の苦しみです。人民も太陽(ミロク)も同じものなのです。此の道理判りましたか。太陽(ミロク)は 人民の中に居るのです。判りやすく説明しているのです。
 まだまだ大きな戦で激しいですよ。是で世がよくなると思っていると大間違いとなるのです。是からが褌(ふんどし)締めるときなのです。よき世となれば褌は要らないのです。フラリフラリと風に吹かれるヘチマです。ヘチマ愉快で嬉しいなあ。風の間に間に雨の間に間にユタリユタリと嬉しいでしょう。何も彼も嬉しく真から楽しき世なのですよ。
 誠が神の働きであります。太陽(ミロク)原理【コト】が神であります。元なのです。道であります。太陽(ミロク)の光【日】であります。太陽(ミロク)の光を映し出すサイト【月】であります。
 「始めコトあり」と云ってあるでしょう。太陽(ミロク)の仕組【キ】であります。まつりであるのです。
 十二月十九日、一二


年月日

 昭和二十年十二月十九日
 旧十一月十五日(1945年)
⇒ 次のページへ

バナースペース

ひふみ神示解読