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フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

解読編CONCEPT

岩の巻 第02帖 (367)

 三千年の昔に返すと云ってあるでしょう。
 よい御用いたす身霊(みたま)ほど苦労さしてあるのです。
 他から見ては、わからないのですが、苦労に苦労させて、生き変り、死に変り、鍛えに鍛えてあるのです。
 肉体の苦労も霊の苦労も、どちらの苦労にも、まけない人民臣民でないと、眼先のことで、グレングレンと引繰りかえって、あわてふためく様なことでは、どんな事があっても、びくともしない、ミタマでないと、御用は難しいのです。
 こんどの苦の花は真理(ふじ)に咲くのみです。
 太陽(ミロク)の国に九(こ)の花咲くや媛(ひめ)をまつれと云ってありますが、九(こ)の花は、各々の心の富士にも咲くのです。
 九(こ)の花である太陽(ミロク)を中心としたサイトが咲けば、この世に出来ないことはないのです。
 まことの かかりです。

 「まことの かかり」とは太陽(ミロク)の周りで九の花を咲かせる臣民が活動する様子を表しているようです。


 この先はもう建替出来ないギリギリの今度の大建替です。
 愈々の建替ですから、もとの神代よりも、もう一つ貴いキの光輝く世とするのですから、中々に大層です。
 人民 苦しいでしょうが、先を楽しみに御用を見事につとめ上げて下さいよ。
 表裏、善悪と二つずつある神様を一つにするのでありますから、嘘偽(うそいつわり)は少しもあってはならないのです。
 少しでも嘘偽があったら、曇りがあったら、神の国に住めないことになるのです。
 途中から出来た道では今度と云う今度は間に合わないのです。
 根本からの道でないと、今度は根本からの建直しで末代続くのですから間に合わない道理はわかるでしょう。
 自国同士の戦が 始まるのです。
 この戦、太陽(ミロク)は眼をあけて見ておれないのですが、これも道筋ですから、人民にも見ておれないのですが、友喰いと云って知らしてあるでしょう。
 太陽(ミロク)等が天地を自由にするのです。
 元のキの太陽(ミロク)の道にして、あたらしき、太陽(ミロク)原理【キ】の光の道をつくるのです。
 「あら楽しい」というような世にするのだと云ってあることが愈々始まります。人民、臣民 勇んでやって下さい。
 神々様 守護神どの、勇め勇め。
 二月十六日、ひつ九


年月日

 昭和二十一年二月十六日
 旧一月十五日(1946年)
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