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太陽(ミロク)原理・ひふみ解読編

フミのミクラ○二

一二三神示

一二三の検証編太陽の検証

一二三50-008

扶桑の巻 第08帖 (008)

 平坂の 岩戸(言答)ひらけむ 音のきこゆる。

 神に怒りはないのであるぞ、天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん。太神は愛にましまし、真にましまし、善にましまし、美にましまし、数にましますぞ。また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ、若(も)し怒りが出た時は、神の座から外れて了ふのであるぞ。救ひの手は東(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。今の方向では東北(ウシトラ)から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、ウシトラとは東北であるぞ、ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ、地(千、智)の元の、天地の元の元の元の神ぞ、始めの始め、終りの終りぞ、弥栄の弥栄ぞ、イシヅヱぞ。

 闇の世と光の世の境にある平坂において 岩戸(言答)がひらける 音がきこえます。

 神に怒りはないのです。天変地異を神の怒りと取違い致してはなりません。
 太神は愛にましまし、真にましまし、善にましまし、美にましまし、数にましますのです。
 また総てが喜びにましますが故に怒りはないのです。若(も)し怒りが出た時は、神の座から外れて了うのです。
 救いの手は日・光に向かっている世界【東(ヒムカシ)】よりさしのべられると知らしてあるでしょう。その東とは、東西南北の東ではないのです。このことをよく判って下さいよ。
 今の方向では東北(ウシトラ)から救いの手がさしのべられるのです。ウシトラとは太陽達の中心方向【東北】であります。ウシトラコンジンとは太陽(ミロク)【国常立尊】であります。地(足をつける場所)・千(人の前進)・智(マコトの認識)の元の、天地の元の元の元の神です。始めの始めのから、終りの終りまで中心であり、弥栄の弥栄です。礎(イシヅヱ)なのです。


解説と補足説明

  • yuru63:2016/04/05
     「北」は、光のさす方、中心をいうようですので、「東北」は「ヒムカシの中心」という意味が含まれているのかもしれません。
     村においても、東北の位置のお宮に、国常立神が祀られていますのでよくできているなあと思います。昔の人はどうやって伝承していたのか?不思議です。

  • 「地(千、智)の元の、天地の元の元の元の神」
    地(足をつける場所)・千(人の前進)・智(マコトの認識)の元の、天地の元の元の元の神

    https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=
    UTF-8&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&q=%e6%99%ba#hl=ja&q=
    %E6%99%BA+%E6%84%8F%E5%91%B3

    ち〖智〗 チ・さとい・さとり

    1. 物事をよく知り、わきまえている。ものしり。かしこい。 「智者・智将・智識」
    2. 《名・造》頭のはたらき。理解し判断する力。ちえ。 「智をみがく」


    http://ameblo.jp/namaewohomeru/entry-10822918913.html

    【 千 】
    音 - セン
    訓 - ち

    <意味>
    もとの字は人と同じ形。しかし、ひとに関係がなく
    おそらくひとの前進するようすから進・晋の音を表し、
    その音を借りて1000を表したものであろう。
    また、数の多いこと。

  • 「国常立尊」についての参考文献
    原稿:国之常立神 - Wikipedia
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%B9%8B%E5%B8%B8%E7%AB%8B%E7%A5%9E

     国之常立神

    国之常立神(くにのとこたちのかみ)は、日本神話に登場する神である。日本神話の根源神として一部神道・新宗教で重要視されている。『日本書紀』においては、初めての神とされる。

    目次 [非表示]
    1 概要
    2 新宗教と国之常立神
    3 国之常立神を祀る神社
    4 脚注
    5 参考文献
    6 関連項目


    概要[編集]

    『古事記』では国之常立神、『日本書紀』では国常立尊と表記されている。別名、国底立尊(くにのそこたちのみこと)。神名の「クニノトコタチ」は、日本の国土の床(とこ、土台、大地)の出現を表すとする説[1]や、日本国が永久に立ち続けるの意とする説など、諸説ある。

    天地開闢の際に出現した神である。『日本書紀』本文では、国常立尊を最初に現れた神としており、「純男(陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性)」の神であると記している。他の一書においても、最初か2番目に現れた神となっている[2]。『古事記』においては神世七代の最初に現れた神で、別天津神の最後の天之常立神(あめのとこたちのかみ)と対を為し、独神(性別のない神)であり、姿を現さなかったと記される。『記紀』ともに、それ以降の具体的な説話はない。

    『日本書紀』では最初、『古事記』でも神代七代の最初に現れた神とされることから、始源神、根源神として神道理論家の間で重視されてきた。伊勢神道では天之御中主神、豊受大神とともに根源神とし、その影響を受けている吉田神道では、国之常立神を天之御中主神と同一神とし、大元尊神(宇宙の根源の神)に位置附けた。その流れを汲む教派神道諸派でも国之常立神を重要な神としている。

    新宗教と国之常立神[編集]

    国之常立神を重要視し、日本の歴史に大きな影響を与えたのが新宗教大本である。

    1892年(明治25年)2月3日、京都府綾部在住の無名の老婆出口直(なお)は「艮の金神」と恐れられる祟り神の神懸かり現象を起こした[3]。古神道や伯家神道の知識を持つ出口王仁三郎は直に懸かった神を「国之常立神(国常立尊)」と判断[4]。国祖である国常立尊はその統治に不満を持った神々により鬼門の方角に封印されたが、現在になり復活の時が近づいているという終末論を主張した[5]。直と王仁三郎の教団大本は大正~昭和初期にかけ発展を遂げ、宮中関係者や陸海軍将校が多数参加する一大宗教勢力となった[6]。

    大日本帝国は現人神たる天皇(天照大神)の権威を覆しかねない大本に警戒感を強め、1921年(大正10年)1月10日と1935年(昭和10年)12月8日に宗教弾圧を行った(大本事件)。特に二度目の第二次大本事件では治安維持法違反と不敬罪により徹底的な弾圧を加え、大本は壊滅した[7]。

    大本事件の背景には、出口王仁三郎と大本が持つ政治的影響力に政府が警戒感・恐怖感を抱いたことに加え、国家神道と新宗教の間に宗教観・神話体系の相違があったことが指摘される[8]。

    国之常立神を祀る神社[編集]

    神仏分離により、各地の妙見社は祭神を天之御中主神と改めたが、一部には、国之常立神を祭神に改めた社もあった。国土形成の根源神、国土の守護神として信仰され、以下の諸社で祭られている。
    聖神社 (秩父市)(埼玉県)
    十二所神社(埼玉県川口市南鳩ヶ谷)
    蘇羽鷹神社(千葉県松戸市)
    日枝神社(東京都千代田区)
    大鳥神社(東京都目黒区)
    二宮神社(東京都あきる野市)
    長尾神社(神奈川県川崎市多摩区)
    山津照神社(滋賀県米原市)
    城南宮(京都府京都市伏見区)
    国常立神社 (奈良県橿原市、天香久山山頂)
    玉置神社(奈良県吉野郡十津川村)
    熊野速玉大社(和歌山県新宮市)の相殿
    若桜神社(鳥取県八頭郡若桜町)
    小村神社(高知県高岡郡日高村)

    脚注[編集]

    1.^ 坂本・家永・井上・大野校注『日本書紀(一)』岩波文庫、補注1-六「トコタチとは「土台(大地)が出現し、大地が姿を現す意」と解される云々」。
    2.^ 第一、第四、第五、第六の一書は最初に出現。第二、第三は可美葦牙彦舅尊に次ぐ。
    3.^ #伯家神道の聖予言73頁
    4.^ #伯家神道の聖予言75頁
    5.^ #伯家神道の聖予言120-122頁、#スサノオと王仁三郎101-106頁
    6.^ #伯家神道の聖予言80頁
    7.^ #伯家神道の聖予言83-84頁
    8.^ #宗教の昭和史49頁

    参考文献[編集]
    村上重良 『宗教の昭和史』 三嶺社、1985年11月。ISBN 4-914906-35-X。
    出口和明 『スサノオと出口王仁三郎』 八幡書店、1995年9月。ISBN 4-89350-181-x。
    羽仁礼 『伯家神道の聖予言 宮中祭祀を司った名家に伝わる秘録が今明らかになる!』 たま出版、1996年3月。ISBN 4-88481-447-9。

    関連項目[編集]
    日本の神の一覧
    天之御中主神 - 『古事記』において、初めての神とされる。


年月日

昭和三十六年五月五日
 旧三月二十一日(1961年)

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