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フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

一二三の検証編太陽の検証

一二三50-048

星座の巻 第14帖 (048)

 目から泥を洗ひ去ると見へてくるぞ、右の目ばかりではならん、左の目の泥も落せよ。泥のついてゐない人民一人もないぞ、泥落すには水がよいぞ、世の元からの真清(詞)水で洗ひ落し下されよ、世の元の元の元の真清(詞)水結構。

 目から泥を洗い去ると真実・真理が見えてくるのです。右の目ばかりではなりません。左の目の泥も落しなさい。
 泥のついていない人民は一人もないのです。泥を落すには水がよいのです。世の元からの真清(詞)水・「一二三神示」で洗い落して下さい。世の元の元の元の真清(詞)水・「太陽(ミロク)の一二三」は結構なのです。


解説と補足説明

  • yuru63:2014/05/01
     人民は、右の目の泥を落とすのみで左の目の泥を落とすのを忘れている又は気づかない場合が多くあるようです。
     とすれば、右の目に当てはまるものは?理屈の様なもの?
     右の目の泥を払うと「誤誘導された知」→「真の知」となる。
     そして左の目は、世界のイメージ?
     左の目の泥を払うと「世を低レベルに認識」→「世を高レベル(神世)と認識」
     の様な意味があるのかもしれません。


年月日

昭和三十六年五月十日
 旧三月二十六日(1961年)

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