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一二三神示
元の元の から 、 の中界を経て、ウの現界に到る悉くの世界が皆人間に関係あるのですから、肉体はウですが、魂は に通じているのですから、 はヨロコビなのですから、喜びが人間の本体ですから、神界と云い、現界と云い、どちらも合わせて一本の国ですから、人間からすれば、人間そのものが魂の土台ですから、神の礎ですから、神がしづまれば神人となるのですから、神界、中界、現界を太陽(ミロク)原理でつらぬいていなければなりません。神ミロクの仕組みとマコトの和合をしていなければ、マコトの喜びでないですから、マコトの喜びが大きな神仕組の流れですから、大神の使いである太陽(ミロク)の働きは人間によるものですから、心せねばなりません。
太陽(ミロク)のもとに集い歓喜【ゝ】せねばなりません。
天使と云い、天人というのも、みなそれぞれの国の人間ですから、喜びの人間ですから、この道理が判ったら、地の世界と、中の世界と、天の世界と、みな同じであるということで、現実界も天国であると判ります。天界・中界・地上世界の三界はもちつもたれつですから、三千世界ですから、地の上に禍があると、天の国にも禍うのですから、天の国の生活は地の上に根をつけているのですから、遠くにあるのではないのです。
天の世界も地の世界も同じ所にあるのです。
幽界というのは道を外れた国のことだと知らしてあるでしょう。
地獄は無いと云ってあるでしょう。
このことを間違わないように、地獄地獄の言葉を、やめて下さいよ。
言葉からモノを生むのです。
只、三界はそれぞれモノが違うのみなのですから、人間の心が神に通ずるときは喜びとなり、幽人に通ずるときは悲しみとなるのです。
通ずる心があるから心に自由があるのです。
弥栄があるのです。
この道理をよくわきまえて下さい。
天人に結婚もあれば仕事もあるのです。
死も亦あるのです。
死とは住む段階の違う場合に起る現象です。
死とは生きることです。
人間は皆、かみかかっているのですよ。
かみかかっていないもの一人もいないのです。
かみかからないものは呼吸しないのです。
このことは判って居るでしょう。
霊人は人間の心の中に住んでいるのです。
心を肉体として住んでいるのです。
その中に又「ゝ」が住んでいるのです。
ひらたく説いて聞かしているのです。
霊人と和合しているから、かみかかりであるからこそ、三千世界に働き栄えるのです。
神界のことも判る道理です。
幽界のことも判る道理です。
人間の云うかみかかりとは幽界のカミかかりです。
ろくなことないのです。
かみかかりにも、かみかかりと判らないかみかかりは結構ですねぇ。
太陽(ミロク)原理を理解した「まこと」ですねぇと知らしてあるのに未だ判らないのですか。
(五月八日)