| よき神( |
よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用を自分で自分がつとめあげるのです。人になんと云われても腹の立つ様では御用は難しいのです。腹が立つのは慢心からだと云ってあるでしょう。
仕組は途中でグレンと変り、カラリと変る仕組をしてあるのです。其処に一厘の仕組、火水(ひみつ)の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切に致して(組み込んで)あるのです。
仕組が変わり変わりして人民には判らないのです。よき世と致すのです。いくら智があっても人間心では出来ない仕組です。智を捨てて太陽(ミロク)達にすがって来ねば分らない仕組です。と云っても人間世界では人間の智もいるのです。智でない智を太陽達が与えます。神人共にと云ってあるでしょう。つとめ上げたら他にない結構な御用です。
八月三日、ひつ九
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ゆるむぞー(yuru63):2025/01/02
富士と鳴門のような逆のものが組み合わさった働きにより神世を導くという、善悪を超越した立場による仕組のようです。

(富士と逆さ富士・逆さ富士→鳴門のイメージ)
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