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フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

一二三の検証編太陽の検証

一二三50-081

極めの巻 第03帖 (081)

 わが身をすてて、三千世界に生きて下されよ、わが身をすてると申すことは我(が)をすてること、学をすてることぢゃ、すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ、それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢゃと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ。言葉の裏には虫がついてゐるぞ、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢゃ。判らねばならんし、中々ながら御苦労して下されよ。大難を小難にすることは出来るのであるが無くすることは出来ん。不足申すと不足の虫が湧くぞ、怒ると怒りの虫ぞ。一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きづり降ろして居るなれど、困ったもんぢゃ、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ。
平易意訳

 わが身をすてて、三千世界に生きて下さい。わが身をすてるということは我(が)をすてること、学をすてることです。すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのですよ。それぞれの言葉はあるのですがミコトは一つだと云ってあるでしょう。ミコト(検証)に生きて下さい。
 言葉の裏には虫がついているのです。英語を学ぶと英語の虫に、支那語を学ぶと支那語の虫に犯されがちです。
 示していることが判らねばなりませんし、理解は中々のことながら御苦労して下さい。
 大難を小難にすることは出来るのですが無くすることは出来ません。
 不足を云うと不足の虫が湧くのです。怒ると怒りの虫です。
 一生懸命、自分の信じるように、神ミロクを小さくして自分で割り切れるように、引きずり降ろして居るのですが、困ったものです。長くゆったりとした気持ちで神ミロクを求めて下さい。


解説と補足説明

  • yuru63:2013/10/24
     「英語を学ぶと英語の虫に、支那語を学ぶと支那語の虫に犯されがち」というのは、名称や言葉に とらわれすぎて本当に伝えたい内容を理解できない状態を云っているようです。
     「ゝ」を示し伝えるために言葉を用いますが、言葉のみに犯されてしまうと「ゝ」が見えなくなりますので要注意です。


年月日

昭和三十六年八月五日
 旧六月二十四日(1961年)

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