本文へスキップ

フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

一二三の検証編太陽の検証

一二三080

下つ巻 第38帖 (080)

 富士は晴れたり日本晴れ、これで下つ巻の終りざから、これまでに示したこと、よく腹に入れて呉れよ。神()が真中で取次ぎ役員いくらでもいるぞ、役員はみな神柱ぞ。国々、ところどころから訪ねて来るぞ、その神柱には みつげの道知らしてやりて呉れよ、日本の臣民みな取次ぎぞ、役員ぞ。この方は世界中丸めて大神様にお目にかけるお役、神()の臣民は世界一つに丸めて てんし様に献げる御役ぞ。この方とこの方の神々()と、神()の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。神()祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる神示(ふで)書かすぞ、これからが正念場ざから、ふんどし締めてかかりて呉れよ。秋立ちたら神()烈しくなるぞ、富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(みよいづ)となるぞ。八月の三日、ひつくのか三。
平易意訳

 富士は晴れたり日本晴れ、これで下つ巻の終りですから、これまでに示したこと、よく腹に入れてください。
 太陽(ミロク)が真中で取次ぎ役員いくらでもいます。役員はみな神柱です。
 国々、ところどころから訪ねて来ます。その神柱には 御告げの道を知らしてやってください。日本の臣民みな取次ぎです。役員です。
 この方ミロクは世界中を丸くまとめて大神様にお目にかけるお役、太陽(ミロク)の臣民は世界を一つに丸めて てんし様に献げる御役です。
 この方ミロクとこの方の神々と、太陽(ミロク)の臣民一つとなって世界丸める御役です。
 太陽(ミロク)を祀ってくれましたらいよいよ仕組知らせる神示(ふで)書かせます。これからが正念場ですから、ふんどし締めてかかってください。
 秋立ちたら太陽達の活動は烈しくなります。富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(みよいづ)となります。
 八月の三日、ひつくのか三 。


解説と補足説明

  • yuru63:2014/01/11
    現在の御世は浄化され、てんし様の御世出づ(三四五)となるようです。
    その仕組を知らせるふでは所々で示されているようです。
    三四五と書いて五次元の世界になることを云っているのでしょうか。
    以下に関連する記事がありました。

     http://uenokouen.com/345-567/

    345神政から567神政へ

    最終更正 平成22年6月24日

    日月神示に、一二三(ひふみ)から三四五(みよいず)へとあります。
    現在の世は「三四五」神政になります。
    一二三(ひふみ)とは、始発の3元神政に当たります。
    そして、「三四五」神政から「五六七」神政へとなります。
    これだと何の意味かがよく解りません?。


    日月神示は大本教神諭の後編とされていますが、
    日月神示の岡本天明氏が大本教の出口王仁三郎聖師に内容を見せたところ、
    出口王仁三郎聖師が内容を否定されたということから、
    世間では偽書だと言う方達があるようです。


    岡本天明氏は、出口王仁三郎聖師が官憲に逮捕された時、
    大本教機関誌の編集長であられた様ですが、

    有給の雇員で信徒ではないとして、逮捕されなかった経緯があるようです。


    これは、○十(高次元の地球)が解らない限り解けないのです。
    七次元の存在が降りて来ない限り、捌きで分けようがないからです。


    多くの人が理解していなかったのは、多次元世界の自分なのです。


    現在の世は「三四五(みよいず)」


    この理論は「串」の理論
    十三で「串(九四)」が解る必要がありました
    13が意味する隠語は「串」。


    今日まで、何故に「みろく」の世が「567」で説かれて来たのか?。
    そこにも意味があったことになります。


    神言会(kamikotokai)さんで説かれていたのは「ラ」の「良」でした。
    良(ラ)心神の教えを学ばれ習得された魂は「上」であり、数は少ないでしょう。
    身に「六(禄)」を付けさせる為の教えでした。
    火水(かみ)の教えでした。
    そして、「公」の「松の世」を説いたものです。


    この上野公園で説いている「ス」は「可能の可」なのです。
    素(ス)直に主の神を信じれば、
    それだけで新しい世に可とする中の教えなのです。
    身(三)に「五(後)」を差し上げます。
    難しい話ではありません。
    主の使徒の示しだけでいいのです。
    公園なので、同じく「公」の「松の世」にと向かいます。


    大本教霊界物語。
    その中で説かれたのは、「三五(あなない)」教。
    345神政の中で、四(幽界)が無い。
    身(三)は在っても、幽界(四)を越えて神魂(五)にと上がる。


    主の神など居ない、霊界は無いと主張する者は下なのです。
    いったい、誰にこのような言葉の仕組みが出来たでしようか?
    人の手では出来ないのです。
    また、神社仏閣に祭られている神霊段階でも無理なのです。


    日月神示はその存在を
    言霊神
    と書き残しました。
    人類が推し量ることが出来ない上部神界


    どうしても神を解ろうとしない方は、
    これまでの「三、四」の世界で暮らすことになります。
    しかし、その世界にはモウ神とか天人と呼ばれる存在はいないでしょう。
    神からの恵みも、今までと違って途絶えるでしょう。
    元々、神など居ないと主張されて来たのですから、
    神にはその面倒を何も見る必要もないことになります。
    霊は在っても、その霊達にカミ(火水)のチカラは備わらないでしょう。


    自然の恵み(火水)を
    カ(火)ミ(水)で示して来た


    霊的世界を語る方でも、主の神など関係ない式の意見があります。
    霊という面だけで考えれば、そうした意見も成り立つでしょう。
    だが、そこにはカミ(火水)の力の見落としがあります。


    仮に、あなたが霊であって霊界に渡れたとしても、
    太陽(火)を創り出せるでしょうか?。
    地(水)を創り出せるでしょうか?。
    何も創造出来ない霊であるならば、
    それはどこかのカミ(火水)に依存しなければならないのです。


    既に○十(みろく号)は、この地球に接岸しているようです。
    ○十(みろく号)が接岸している間に、みろくの乗船切符を買う必要があります。
    その発売期間は二年なのか三年に渡るのかは解りません。
    ただ、時(暦)が停止する日までには出港するでしょう。
    出港をしたならば、二度とこの地球には来ないでしょう。
    そこに展開されるのは、新しい神代だからです。
    神の存在を否定する人達だけが、これまでの地球に残るのでしょう。


    そうした人達にとっては、大本教がこれまで演じた役割も、
    妙霊、黒住、金光、天理と先走りした意味も、
    私が言ってることも、しょせん戯言に過ぎないからです。


    神は汝と共にあり。
    一人一人の魂に主の神を内在させる仕組みなのです。



    最近、あることが言われるようになりました。
    それは、一般的に霊界と言っている「四次元界」が消滅しつつあるです。
    私達は肉体の死をもって、大多数の人が向かうのは四次元界です。
    霊能者と呼ばれる人達が深く関わっているのが四次元界になります。
    その世界に「何か起きているぞ」とは、霊能者には感じられるのです。


    今、起きつつあると言われていることは、
    西暦1892年(いち早くに)で、大本教を通じて予告されたことで、
    大本教では「大立替」と予言されたことであり、
    現代では人類浄化作戦とか、大掃除とも呼ばれることなのです。
    四次元世界の立替が終われば、次は三次元界。
    既に、既存の天国の門は閉ざされているでしょう。


    一部に「アセンション」が言われています。
    アセンションとは、日本語で「昇天」と言います。
    天に昇る意味でして、死ねば誰でも行く四次元霊界ではないのです。
    そうしたこともあって、アセンションを言う方は五次元界だと言われるでしょう。


    その場合、三・四次元界そのものが必要がなくなることになります。
    しかし、それは永久に三・四次元界が無いのではないのです。
    今の地球が神の手で修復されると、また三次元界が起きるでしょう。
    しかし、その修復までの期間はこの世の時間で膨大な時がかかり、
    そのことを今論議しても意味はないのです。


    この五次元世界への移行に関しましては、諸説あります。
    何十年間か何百年間かけて移行するです。
    しかし、地球と呼ばれる星の状況を知るならば、もう待った無しなのです。


    大本教は予告しました。
    三千世界一度に開く梅の花。
    開いて散りて実を結ぶ。


    梅の花が開いて実をつけて、
    その梅の実の種の中には天神様の種が宿ります。
    天神様の種とは「魂に内在する主の神の分魂」。
    それは一斉に行われるのです。


    今の私達に必要なことは、五次元界を目指すことなのです。


年月日

昭和十九年八月三日
 旧六月十五日(1944年)

>>戻る