本文へスキップ

フミのミクラマ二『一二三解読・太陽の検証・文(ふみ)の御蔵』

フミのミクラマ二

一二三神示

一二三の検証編太陽の検証

一二三147

地つ巻 第10帖 (147)

 何事も方便と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、方便と申すもの神()の国には無いのざぞ。まことがことぞ、まの事ぞ、ことだまぞ。これまでは方便と申して逃げられたが、も早 逃げること出来ないぞ、方便の人々早う心洗ひて呉れよ、方便の世は済みたのざぞ、いまでも仏の世と思うてゐるとびっくりがでるぞ、神()の国、元の神()がスッカリ現はれて富士の高嶺から天地(あめつち)へのりとするぞ、岩戸しめる御役になるなよ。九月の二十日、ひつ九のか三。
平易意訳

  何事も方便と申して自分勝手なことばかり申していますが、方便というものは太陽達・神の国には無いのです。
 まことが光の仕事です。真(ま)の事です。ことだまです。
 これまでは方便と申して逃げられたのですが、も早 逃げること出来ません。方便という真(まこと)でない道を進む人々 早く心洗ってください。方便の世は済んだのです。いまでも仏の世と思っているとびっくりがでます。の国、元の神太陽(ミロク)がスッカリ現われて富士の高嶺(太陽のサイト)から天地(あめつち)へ のりとします。まことから外れて岩戸しめる御役になってはいけません。
 九月の二十日、ひつ九のか三 。


解説と補足説明

  • yuru63:2017/03/26
     「まこと」とは何でしょうか。
     例えば、損得勘定なしに発言・行動することなのかもしれません。
     自身の行いにより、皆が本当の意味で喜べるような影響を与えられているだろうかと思う今日この頃です。


年月日

昭和十九年九月二十日
 旧八月四日(1944年)

>>戻る